オクノ総研総裁ブログ

日々、思いついた事をメモ的に書いていきます。短文の思いつきはTwitterでつぶやいていますので、そちらをフォローしてもらえるとうれしいです。


2014年

6月

09日

零細コンサルタントの悲哀

深夜(ってか早朝)、携帯が鳴る。


「急遽、明日東京で面談を受けて貰えませんか?先方も是非お会いしたいとおっしゃっているんです。無理言って申し訳ございませんっ!」

 

そのまま起きたまま、早朝便で東京に向かう。

 

んで、面談。

 

何だか雰囲気が違う。

 

名刺交換していいですか?

 

「あ、オクノさんは名刺を出さないでください」

 

???

 

「クライアントは資料を出さないと思いますよ」

 

クライアントはコンフィデンシャルって書いてある資料を出してきたぞ。

 

紹介者曰く、急遽、自社社員(取締役)がアベって当案件に押し込まなくてはならなくなったらしい。

職務経歴書上も面談上も経歴上も僕の方が明らかに上なんだけど、チーミング上、僕がそのアベっていた押し込まれスタッフの下に付かざるを得ないらしい。

 

さて、困った。

 

ご自慢の自社社員よりも外様のほうが優れているんだから。

 

僕は、面談の席から外された。

そして、何やら密談。

 

そして、今回は見送りで、ということに。

 

そらそうでしょ。

 

外部人材のほうが優秀であっては困るもんな。

 

優秀であっても困る、という実例でした。

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2014年

6月

09日

日々就職活動

 どうやって仕事を取っているかというと、「就職活動」まんまである。

 自分で仕事のオポチュニティを見つけてくるには限界があるので、コネを使った紹介になる。で、紹介されたクライアント候補には職務経歴書と面接が必須。営業活動であるにも関わらず、日々、就職活動をやっているのと変わらんのである。
 案件に応じて職務経歴書をいかにもエキスパートであるかのごとく書き直して、普段は着ないスーツを着て、近眼でもないのに少しでも賢そうに見えるようにメガネをかけて変装して。
 面接で難しいのは、僕のようにある程度のポジションになってしまうと、ワーカーではないので、大企業の役員クラスと同等の役割を期待される。アホではいけないし、かと言って偉そうでもいけない。自己アピールしまくりたいところだけれど、やり過ぎはいけない。通常のビジネスみたいに売る人がいて、僕を立ててくれる人がいればいいのだけれど、僕の場合は自己完結しているので、自分で自分を売り込まなくてはいけない。自分で自分を売り込むのは非常に難しい。
 普通の営業活動だったら簡単なのにな。
 自分で自分を売る、っていうのはものすごく難しい。

 

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2014年

6月

09日

神戸に戦コンの仕事なんてあるワケない

2年間ほど神戸で戦コンの仕事をできないか、とあらゆる手を使って回ってみたものの、神戸には戦コンの仕事以前に戦コンという仕事が存在することすら認知されていない。もっと言えば、社名のせいか船井総研と比較されるw。「船井総研って高いですよね〜」おいおい。で、営業範囲を大阪に広げてみた。結果は同じ。東京だと数百万円で取れる仕事が関西だと数万円、更に値切られる。やる内容は同じか関西のほうが重い。安く請け負って、更に無茶ぶり。やってられないので、ここ一年は完全に東京シフト。仕事は東京経由、もしくは東京でやっている。たまたま住所が神戸にある、っていうだけ。これじゃあ、関西が地盤沈下するのもわかる気がする。関西には知的作業にお金を支払う、というカルチャーが存在しないのだ。せいぜいあって、一緒に事業を立ち上げましょう、成功したら利益を分けあいましょう、で、とりあえず◯◯億円出資してください。おいコラ。

 今度、勉強会で講師をお願いします。ノーギャラで。戦コンのノウハウや事例を出してください。「事例は機密なので出せません」そんな硬いこと言わずに。ノーギャラでそんなリスク犯してどーすんだよ、と。

 どうも関西のビジネス感覚にはついていけない。

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2014年

6月

09日

LINEに屈した。

 遂にLINEに屈した。正しくは流行前にLINEは使っていた(新しいもの好きの僕が新サービスローンチ時に見逃すワケないw)。

 ところがちょっと問い合わせなどで電話番号を教えた相手の情報が駄々漏れになっていたので、ヤバっ、と思って速攻アンイストールしたのであった。時は流れ、LINE使ってないやつは人にあらずみたいな風潮になり、周囲からも「不便だ」、「変わり者」と言われるようになり、仕方なく復活。

 ただし、制限かけまくり。制限かくまくりなので、電話帳には反映されません。LINE特有の電話帳無限拡散もありません。

 っか、そのくらいの設定しろよ、と。

 でも、やっぱりLINEは抵抗あるなー。FB、Skype、iMessegeを使えない層相手なので、ロクな連絡網じゃないし。

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2013年

6月

01日

株式会社オクノ総研1周年

株式会社オクノ総研を設立してから1年が経ちました。
お世話になった方々には感謝申し上げます。

正直なところ、1年間の活動をやってきて多くのことを学び、経験を蓄積しましたが、成果を出すには覚悟はしていたものの、想定以上に困難がありました。今もまだ全く安定状態、成長起動にある、とは言えません。

最初からわかっていたことではありますが、想定を超えることがたくさん起きました。なかにはマスメディアでも取り上げられるレベルのあり得ない事象もありました。株式会社オクノ総研は、ベンチャーとして、100発100中なんてことはあり得ず、成功確率は、ものすごく低いことは承知のうえで、成功確率を上げる事、成功スピードを高める事、事業としてきちんとしたものにし、成長カーブに乗せて行ための活動を続けていきます。


現在は1年間の活動を通じた学びや反省点をふまえ、事業形態を再構築している最中です。ただ、「ビジネス傭兵」という点に関してはブレはありません。「傭兵」として外部から動くだけではなく、企業活動に対して、もっと実行面、企業組織や経営に深く入り込んで行く事業形態に移行していく、ということになります。企業が最も苦労しているところはわかっていますし、解決のための大きな力添えも行います。

 私は、短期間で株式会社オクノ総研が急成長するとは思っておりませんし、成長させるつもりもありません。小さな組織でクオリティーを落とさずに丁寧な事業を展開していきます。

そして、この閉塞状態にある日本、そして世界を何とか変えて行くための小さな力になれればいいな、と思っています。正直、日本という国を再生させる特効薬など存在しません。

ブログも実際書こうとしても守秘義務があるため、実際は書く事がなかなかできませんでした。 そうは言いつつも可能な範囲の情報の発信はしていきたいと思っております。

今後とも、よろしくお願い申し上げます。

 

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2013年

1月

21日

海外研修のお知らせ

オクノ総研は1月末に海外研修を行います。オクノ総研は傭兵であるため、単純なビジネスだけではなく、荒事にも対応するべく研修(訓練)を行う必要があります。日本では国内法上できない訓練を実施いたしますので、今回は海外研修となります。以下の期間は「連絡が取りづらく」なりますが、通常よりもご返事は遅れる事が想定されますが、連絡は取れますのでご了承ください。

期間:2013月1月29日〜2013年1月31日

関係各位にはご迷惑をおかけいたしますが、ご了承ください。

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2012年

12月

27日

年末年始の業務のお知らせ

年末年始の業務は誠に勝手ながら、下記とさせていただきます。

 

2012年12月31日23時59分59秒から2013年1月1日0時0分1秒までは冬期休暇をいただきます。各位におかれましては、ご迷惑をおかけいたしますが、何卒、ご了承ください。

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2012年

8月

09日

「個」への回帰

僕は「組織」に帰属することなく「個」で生きようと思った。

 

僕はもともと音楽をやっていた。

クラッシックにしてもロックにしても、音楽は複数の人間で演奏するタイプのものと一人でパフォーマンスするものがある。

例えばバンド、ギターがいて、ベースがいて、ドラムがいて、キーボードがいて、ボーカルがいて。誰が偉い訳でもなくそれぞれのパートが大切。バンドとしてのチームが不可欠だ。

 

野球だってそうだ。一人じゃできない。

最低でも9人いなきゃできない。

 

僕は決して、意地でも一人で何でもやっちまおう、と考えたわけじゃない。

一人になりたきゃ、キャンプ道具でも持って無人島にでも行けばいい。

 

音楽の話に戻ると、音楽は他者とのジャムによって生まれる部分と自分との対峙の部分がある。そして、今の僕は自分との対峙の時なんだろう。

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2012年

7月

09日

起業のきっかけ

どうしていきなり起業したのか?


その理由は後付けでいくつもあるのだけれど、きっかけはかなりいい加減なものだった。


4月半ば頃、イベントスペースが儲からないので、誰か長期的な借り手がいないかな、という相談が持ち込まれた。その時提示された賃貸料が恐ろしく安かった。僕のマンションの家賃よりも安い。

その場所は現在、ビルの2フロアを使ってアートギャラリーとして運営されているのだけれど、稼働率がものすごく低い。常設スペースもあるものの、基本はイベント単位のスペース貸し。稼働率が低く、ただ空いているだけの日がほとんど。土地も建物もオーナー所有だからいいものの、常識的にはあり得ないオペレーションだった。現状の事業モデルで稼働率が上がったと仮定した場合でも収益は出ない。
僕は現状からほど遠いフル稼働した場合の利用料をもとに、それを上回る賃料で僕が丸ごと借り受けても商売が成立する、と思った。
 その建物は前衛的な作りで、なおかつ元々は医療系の精密機器を扱うために建築された建物だったので作りが異様に頑丈。阪神大震災でも何の被害も受けず、避難所にされていたレベルだった。僕は、その賃料だったら借り主を探すのではなく、僕が丸ごと借りますよ、と即答した。

 

まず、最初に「場」があった。

 

次に僕はそこで何をやろうかな、と考え始めた。

建物の作りからするとクラブをやるのが最も適している、と感じた。クラブとして運営すれば100人くらいは入れるキャパ。
が、場所が官庁街で繁華街ではない。県庁や県の関連団体、最悪なことに最も近いのが兵庫県警本部。県庁職員と警察官相手にクラブの運営はやれない。この建物が繁華街だったらクラブなんだけどなー、と思いつつ他の事業を考えた。

結構な広さのスペースがあるので、レンタルオフィスとインキュベーションでもやるか、と考え直した。オフィスというよりも起業家の「サロン」みたいなものを作ってみたかった。勝手に人が集まって、交流して、新しいビジネスが生まれるような。僕はそこにちょっとしたアドバイスをする。そもそものコストがかかっていないので、気軽に集まれる「場」を作ってしまおう、と考えた。レンタルオフィスではなく、コワーキングスペースよりもカフェやに近いイメージ。あくまでも「サロン」。僕はカフェやバーのマスターみたいな存在になろうと考えた。そして、僕は事業計画を作りはじめた。

 

が、しかし。

 

ギャラリーのオーナーから儲からない現状でもアーティストの活動の場を奪うわけにはいかないので、事業を続けたい、という話にトーンが変わってきた。
小規模M&Aや事業承継の場でもよく出くわすシーンだ。
買収の最後の土壇場になって、売り手のオーナーが事業を手放したくなくなり、結局、M&Aが流れてしまう。 調印当日の朝になって突然「一晩悩んだ結果、事業を続ける事に腹を括りました」なんて場面に出くわしたことだってある。おいっ、こっちはコストかけてデューデリやって、役員会通して、買収の資金調達も終わってんだよ、条件だって最高のものを提示して、昨日までは大喜びだったじゃねーかよ、と言いたいところなんだけど、こういう場合、説得したところで買収後に事業がうまくいくとは思えないので、後追いはしない。

そういうときの買収される側のオーナーの心理は経済的な問題ではなくて、事業を売却することに対する名残惜しさ。オーナーにとって会社は自分の分身みたいなもんだから。経済合理性ではない。
 
僕は僕でその間、市場のリサーチやら法規制やら想定される事を調べまくって事業計画をせっせと作っていた。そのなかで事業の受け皿になる株式会社を作っておかないといけないな、ということでその準備も始めた。 

当初の話は立ち消えになってしまったのだけれど、その間に僕は法律や税務について詳しくなっていた。いずれにせよ株式会社、法人格は必要になるので株式会社設立の手続きを同時並行で進めていた。 

すなわち僕が株式会社を作り始めた段階では、どのような事業やるかを決めず、まずは株式会社として法人登記をしておく、ということが第一目的だった。

いろいろ調べていくうちに、僕は今後何をやるにしても受け皿になる株式会社は設立しておく必要がある、という結論に達していた。そして、自然人と法人の両方を使い分けることに興味を持ち始めた。何をやるかも決めず、まずは株式会社設立、登記の手続きに入っていった。 

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2012年

7月

08日

社名をどうやって決めるか?

何をやるかは確定していないけれど、株式会社を設立するぞ、と瞬間的に決めた。そして、すぐにオフィス探しをはじめた。ノマドなんじゃないの?と言われそうだけど、オフィスは必要。オフィスを探すにしてもまだなーんにも決めていない。当初の準備段階で既に事業目的が変わってしまっている。起業を思い立ってから即、行動を始めたので、社名をどうするか?を考え始めることになった。オフィスを借りるにあたっては当初は法人設立もされていないので、個人で借りた。「(仮)オクノ総研」でオフィスを確保。 

オクノ総研はネット上ではもう2002年から活動し、2008年に一旦、ネットの表舞台からは去っている。でも、SNSなどではそのまんまオクノ総研、という社名でやっていた。

ちゃんと社名を考えないといけない。 

社名を考える前にしなきゃいけないのは、事業目的は何か、何をやろうとしているのか、理念は何か、そういったものをきちんと考えないといけない。きちんと定義する必要はないけれど、名は体をなす。ある程度は仮決めしないといけない。

株式会社設立は単独行動でオープンにも何もしていなかったのだけれど、個人的な相談ごとはいくつも受けていた。僕に持ち込まれるネタと社名を考えていく過程で僕が社会から何を求められているのかを考えるようになっていった。

 

自分のポジショニングだ。


 株式会社オクノ総研はそもそもは、とりあえず諸手続きを行うためには株式会社という法人格が必要だったから設立準備を始めたに過ぎなかった。はっきり言って社名なってどうでも良かった。手続き上に必要な資格を得るために法人格を得ようとしているのだから。

最初に気づいたのは、僕の行動は非常に「涼宮ハルヒ」的である、ということだった。ヲタ臭いと思われている「涼宮ハルヒ」だけど、実はそんなことは全くない。メタヲタ現象。食わず嫌いの人は見てみるといい。ものすごく深く作り込まれている事に気づくはずだ。

話が逸れた。

涼宮ハルヒがSOS団を設立するきっかけは何だったか?
それは涼宮ハルヒが面白い部活はないかと、高校の全ての部活に仮入部する。そして、どこにも面白い部活がないことを嘆く。そして、突然思いつく。面白い部活「ないんだったら自分で作ればいいのよ!」。これは僕自身にも当てはまる。企業に属していては、つまらない事もたくさんある。もちろん面白いことだってたくさんあるのだけれど、大企業や上場企業に属していると、自分の好き勝手な行動は許されない。

自分よりもシステムを優先させざるを得ないことが多くなっていっていて、システムを守る事、システムを強くすることが僕の仕事になっていた。僕は自分がシステムに組み込まれたパーツである時点でそれがストレスだった。


オフィスを借りるに当たっては(仮)オクノ総研とした。

考えていくと涼宮ハルヒ的だったので、もうひとつの社名案があった。

「世界を大いに盛り上げるためには地球を3回爆破するのもやむなし社」

略称「SO3社」 

 

 

 

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2012年

6月

16日

一ヶ月半ぶりの休日

オクノ総研を株式会社化するぞ!と思い立ってから怒濤の勢いで会社を作り始めた。とりあえず会社を作るぞ、というカミナリが突然落ちてきて、僕はなぜだか0.03秒後に行動をはじめた。事業のアテがあるわけでも何でもなかった。なぜだかわからないけれど、会社を作ろう、いや作らなければならない、と自分のなかで決まってしまった。
そこに会社を作るなんてお話は誰にもしていないのに一人でコソコソと会社設立の準備をしていると、ありがたいことにいくつかのお話が舞い込んできた。
で、会社設立準備と本業が同時並行。僕に来るお話なので、マトモなワケがない。ミッションインポッシブルだからこそ僕にお話が来る。
と、いう事でここ一ヶ月半は一日も休んでいない。どころかほとんど寝てない、食ってない。水だけはガブガブ飲んでいる。そんな日々が続いていた。
でも、いくら何でも休みを取らないと電脳硬化症が再発してしまう、と思い、午前4時にオフィスに行ってちょこちょこっと作業をして、そこからDucatiに乗って海へ。そして温泉。
人って休んだり、環境を変えたり、いろんなところに行ったり、様々な人と会ったり、って事をしないと脳の柔軟性がなくなるって思う。 
今日は、ちょっと一休み、といったところ。
まだまだ怒濤の日々は始まってすらもいないんだけど。 

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2012年

6月

01日

オクノ総研が株式会社になってしまいました

これまで任意団体だったオクノ総研が「株式会社オクノ総研」になってしまいました。

 

マジ?

 

はい。本当です。きちんと公証人役場で認証を受け、法務局で受理されました。一体何をはじめるんだ?何を企んでいるんだ?まあ、それはおいおい書いていきます。

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2012年

4月

30日

作業場を引っ越してみたワケだ

とりあえず作業場の引っ越しをしてみた。自宅からクルマに必要なものだけ載せて作業場へ運び込み。まだ会社として登記されていないので、まだ「作業場」。格好よく言えば設立準備オフィスなんだろうけれど。しかし、どこの司令室やねん、という感じがせんでもない。ただ荷物を運び込んで、ネットを繋げられるようにしただけなので、俺様カスタマイズはこれから。

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株式会社オクノ総研

神戸市中央区海岸通3-1-1
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